デザインストーリー
なぜ「紋」の一字を選んだのか
家紋という文化そのものに敬意を込め、今回は特定の紋様ではなく「紋」という漢字そのものを主役にしたデザインを作りました。家紋は単なる装飾ではなく、家の来歴・願い・美意識が凝縮された記号です。桐、巴、蔦、桔梗——それぞれの紋様がまとう物語を、あえて一つに絞らず、「紋」という文字そのものに集約させることで、家紋文化全体へのオマージュとしました。
「紋」という漢字が指し示すもの
「紋」の字はもともと「糸」に「文(模様)」を組み合わせた形で、織物に浮かび上がる模様を意味していたとされます。そこから転じて、家を表す図案や、着物・器物に施される意匠全般を指す言葉として広く使われるようになりました。つまり「紋」という一字の中には、すでに「織り」と「図案」という、家紋文化の二つの源流が刻み込まれているのです。この一字を選んだのは、単に読みやすい漢字だからではなく、その成り立ち自体が家紋の歴史を凝縮しているからでもあります。
毛筆の勢いが宿す、もう一つの紋様
文字を主役に据えるデザインでは、書体の選び方が仕上がりを大きく左右します。今回は楷書のような整った書体ではなく、毛筆特有のかすれや払いを残した力強い筆致を選びました。線の太細、墨のにじみ、払いの勢い——これらはすべて偶然ではなく計算された「揺らぎ」であり、その揺らぎこそが、活字にはない生命感を文字に宿します。背景にはごく薄く巴紋を透かして配置し、文字の奥にもう一枚、家紋の記憶を忍ばせました。よく見ないと気づかない、そんな遊び心も加えています。
巴紋を忍ばせた、静かなイースターエッグ
背景に忍ばせた巴紋は、正面から見てもすぐには気づかないほど淡く透かして配置しています。これは、家紋文化そのものが日常の中でひっそりと受け継がれてきた在り方——普段は意識されないけれど、確かにそこにあり続けるもの——を表現したいと考えたためです。じっくり眺めたときに初めて気づく仕掛けは、一度手にした人が何度も見返したくなる、そんな愛着の種になればという思いを込めています。
書とデザインの境界線で
書道の世界では、一つの文字をどう崩し、どう止め、どう払うかによって、書き手の人柄や心情までもが表れると言われます。今回のデザインは書道作品そのものではありませんが、その精神——文字を単なる記号ではなく、表情を持つ図像として扱う姿勢——を大切にしました。デザインと書、二つの異なる領域の境界線上に立つことで、活字にはない一枚の「作品」としての存在感を狙っています。
一字に込めた、家紋へのまなざし
この「紋」の文字デザインを、Zippoの真鍮ボディへ彫刻・印刷で再現しました。裏面には桐・巴・桔梗といった代表的な家紋のシルエットをランダムに散らし、表の一字とシリーズとして響き合うようにしています。
特定の家の紋ではなく、「紋」という概念そのものを持ち歩く。それは、自分のルーツや家族の歴史に思いを馳せるきっかけにもなり得ます。文字だけでここまで語れるのかと、書のもつ表現力にあらためて驚かされたデザインです。日本文化や書に関心のある方への贈り物としても、静かな会話のきっかけになる一本だと思います。他の家紋シリーズと並べて眺めたときに、この一本だけが持つ「文字」という異なる語り口が、コレクション全体に奥行きを与えてくれるはずです。











