デザインストーリー
四つの字が持つ、静かな重さ
不撓不屈。撓(たわ)まず、屈せず。強い言葉のようでいて、実際に読み下すと、そこにあるのは「勝つ」でも「打ち破る」でもなく、ただ折れないという一点だけだと気づく。前へ進めない日があってもいい、しかし曲がりきってしまわない。そういう種類の粘り強さを指した四字である。
出典は中国の史書にさかのぼる。人物の資質を評した一節に「撓まず屈せず」の語があり、そこから四字熟語として日本にも根づいた。武勇伝ではなく人物評として使われてきた言葉だ、という点が個人的にはずっと気に入っている。派手な成功譚ではなく、長く同じ場所で踏ん張ってきた人の背中に貼られる言葉なのだ。
資料として置く、という選び方
四字熟語の意匠は、ともすれば標語や精神論に見えてしまう。壁に貼られた訓示のように、少し押しつけがましくなる。そこでこの一台では、書を「掲げる」のではなく「資料に綴じ込む」方向を選んだ。
地は和綴じの古文書のような紙。縁に綴じ穴が並び、縦罫が走り、細かな縦組みの数値表や図表が墨で刷られている。四字はその上に、あとから筆で書き加えられたように置かれている。訓示ではなく、誰かの記録の一枚。そう見えることで、言葉は途端に押しつけがましさを失い、手に取った人の側にそっと寄る。
墨のかすれと、朱ひとつ
書の見どころは、整った字形よりもむしろかすれと滲みにある。筆の毛が紙をこすった跡、墨が繊維に吸われて滲んだ縁、払いの先で急に細くなる線。これらは書いた人の速度と迷いがそのまま残った痕跡で、印刷された書体には決して出せない。
色は墨の単色と、朱の差し色だけに絞った。朱が入るのは検印と、ごく数か所の印だけ。色数を増やさないほど、墨の黒は深く見える。そこにハーフトーンの網点とわずかな版ズレを重ねることで、書と印刷物の中間のような、独特の手ざわりが生まれた。刷り物なのに一枚ずつ違って見える、あの気配である。金属の曲面に載ると光の当たり方でかすれの表情がわずかに変わり、角度を変えるたび墨の濃淡が動いて見える。
和綴じという形式
和綴じの本は、糸で綴じてあるからほどける。傷んだ丁だけを抜き、新しい紙を足して、また綴じ直すことができる。西洋の背表紙で固めた製本が「完成品」を目指すのに対して、和綴じは最初から直し続けることを前提にした形式なのだ。
折れない、という言葉をこの形式の上に置いたのには理由がある。撓まないとは、決して傷つかないという意味ではない。傷んだところを繕い、綴じ直しながら、それでも同じ一冊であり続けること。何十年も同じ仕事を続けてきた人の強さは、たぶんそちらに近い。縁に並んだ綴じ穴は、その比喩として残した装飾のない痕跡である。
裏は麻の葉
裏面は細い墨線の麻の葉を連続させた。六角形が規則正しく重なる古い文様で、まっすぐ丈夫に育つようにという願いを託して、子どもの産着に使われてきた歴史がある。折れないという表の言葉と、まっすぐ伸びるという裏の願い。二面で意味がつながるように選んだ文様である。
渡す場面、そして仕上げ
この図案は、贈る相手が決まっている人からのご相談が特に多い。定年まで勤め上げた方への退職記念、還暦を迎えるお父さんへ、あるいは長く現場を支えてくれた社員へ。ご依頼の多くは贈り物で、誕生日・退職記念・還暦の三つが大半を占める。たばこを吸わない方が、机の上に置いて眺めるために選ばれることも珍しくない。
この言葉は、若く勢いのある人よりも、何度も踏ん張ってきた人にこそ似合う。渡すときに多くを語る必要はない。四字が代わりに言ってくれる。手のひらに収まる大きさというのも、案外この言葉と相性がいい。額装して壁に飾れば宣言になってしまうが、ポケットの中にあるぶんには、誰に見せるでもない自分だけの覚え書きで済む。ふとした拍子に取り出して、蓋を開けて、また閉じる。それだけで足りる日がある。
中西工房では、こうしたジッポーライターの図案を一点ずつ位置を確かめながら仕上げている。書の払いは端に寄りすぎると迫力が落ちるため、蓋の合わせ目との関係を毎回見て微調整する。裏面の名入れや、白紙からの完全オリジナル製作にも対応しているので、社名や日付、別の四字熟語への差し替えもご相談いただける。言葉を選ぶところから、製作は始まっている。











