日本神話シリーズ
海幸彦と山幸彦 〜竜宮の乙姫と、潮の珠〜
兄の釣り針を海に失くした弟の山幸彦は、老いた潮の神に導かれて海の底の竜宮へ向かいます。そこで待っていたのは海神の娘トヨタマヒメでした。釣り針の行方、潮を操る二つの珠、そして見るなの禁。古事記の海幸山幸を約11分のアニメで描いた本作を解説します。
ショート版もあります
海幸彦と山幸彦 〜竜宮の乙姫と、見るなの禁〜
- ・釣り針を失くした弟が老神の舟で海の底の竜宮へ
- ・鯛の喉から針が見つかり、潮を操る二つの珠を授かる
- ・潮満つ珠で兄を従え、見るなの禁を破って妻を失う
- ・見るなの夜をイザナギの黄泉の夜と重ねて語る結び
あらすじ前半:失くした釣り針と、海の底の宮
昔、仲のよい兄弟が暮らしていました。兄のホデリは釣り針ひとつで海の幸を獲る海幸彦、弟のホオリは弓矢で山の獣を狩る山幸彦です。ある日、弟は「一日だけ道具を取り換えてみませんか」と頼み込みます。しぶしぶ応じた兄の釣り針を手に海へ出た山幸彦ですが、魚は一匹もかからず、糸を引いた拍子に針は海の底へ消えてしまいました。自分の太刀を砕いて千本の針を作って差し出しても、兄は「もとの針が欲しいのだ」と受け取りません。海辺で声を殺して泣く弟のもとに現れたのが、潮路を司る老神シオツチでした。老神は隙間なく編んだ小さな舟を作り、「この舟で潮路を行けば海神ワタツミの宮に着く。門のそばの井戸辺で待て」と告げます。舟はひとりでに青い海の底へ沈み、真珠と珊瑚に飾られた竜宮が現れました。
あらすじ中盤:乙姫との恋と、鯛の喉の針
井戸辺の桂の木に身を寄せて待つ山幸彦を、水を汲みに来た侍女が水面に映る影で見つけます。知らせを受けて顔をのぞかせた姫と、井戸を挟んで目が合いました。海神の娘トヨタマ姫です。海神は天つ神の御子の来訪を喜び、海の珍味を並べて盛大にもてなします。魚が舞い貝が歌う夜が続くうち、二人は惹かれ合い、海神の勧めで夫婦になりました。穏やかな海の底で、気づけば三年が過ぎています。地上の風を恋しがってため息をつく夫に姫はわけを尋ね、父に力を貸してほしいと頼みました。海神が海中の魚をすべて宮に集めると、赤い鯛が一匹、喉に何かを刺して苦しんでいます。その喉から出てきたのが、探し求めていた兄の釣り針でした。
あらすじ後半:潮の珠と、見るなの禁
海神は針を返すときの唱え言葉を教え、さらに潮の満ち引きを操る二つの珠を授けます。掲げれば潮が満ちてすべてを呑む潮満つ珠と、潮を引かせて溺れる者を救う潮干る珠です。身ごもった姫と「御子が生まれるときは地上の渚へ」と約束し、山幸彦は鰐鮫の背に乗って三年ぶりに地上へ帰りました。教えのとおり背を向けて針を返すと兄の暮らしはみるみる傾き、ついに武器を取って襲いかかります。弟は潮満つ珠で兄を潮に呑ませ、降参した兄を潮干る珠で救い上げました。兄は生涯弟に仕えると誓います。やがて姫は約束どおり渚に現れ、鵜の羽で葺いた産屋に籠もる前に「決して中を見ないで」と頼みました。しかし夫はこらえきれずに戸の隙間をのぞき、そこに見たのは身をくねらせる巨大な鰐鮫の姿。本当の姿を見られた姫は、生まれたばかりの御子を渚に残し、海と陸の道を閉ざして帰っていきました。
登場する神々
・山幸彦(やまさちひこ): 弟のホオリ。弓矢の名手。兄の釣り針を失くし、竜宮で三年を過ごす ・海幸彦(うみさちひこ): 兄のホデリ。釣りの名手。針を失った弟を許さず、最後は弟に従う ・トヨタマ姫(とよたまひめ): 海神ワタツミの娘。山幸彦の妻となるが、正体を見られて海へ帰る ・ワタツミ(わたつみ): 海神。魚を集めて針を探し出し、潮の珠を授ける ・シオツチ(しおつち): 潮路を司る老神。竜宮への行き方を教える ・渚に残された御子: 母を知らずに育ち、その子が初代の帝、神武天皇になると語られる
見どころ:黄泉の夜と響きあう「見るな」
本作は日本神話を2Dアニメで描くシリーズの長編です。前半は地上の海辺、中盤は色とりどりの魚と珊瑚に囲まれた竜宮、後半は潮が満ちる渚と、舞台の色が三度変わります。見どころのひとつは潮満つ珠の場面で、掲げた珠からあふれた潮が兄を呑み込み、珠を換えると波がすっと引く様子が描かれます。もうひとつは終盤の産屋です。動画は見るなの禁を破った夜を「黄泉のあの夜と静かに響きあう」と語り、シリーズ第二話でイザナギが約束を破った場面と重ねています。愛するから見たくなる、けれど見ないと決めた約束もまた愛だ。渚に残された父と子の姿にこの言葉が重なる結びは、シリーズを通して見ると重みが増します。
神話の背景:鵜戸神宮と潮の珠
海幸山幸の物語は古事記の上巻の終わり近くに記されています。宮崎県日南市の鵜戸神宮は、海に面した洞窟の中に社殿があり、トヨタマヒメが産屋を建てた地と伝わります。祭神は渚で生まれた御子ウガヤフキアエズです。宮崎市の青島神社は山幸彦とトヨタマヒメ、そしてシオツチを祀る神社として知られ、浜辺の岩が鬼の洗濯板と呼ばれる景観で有名です。トヨタマヒメの正体を鰐(わに)とするのは古事記の記述で、これは鮫を指すという解釈が一般的です。妻の姿を見てはいけないという「見るなの禁」は、鶴の恩返しなど日本の昔話にも通じる型として語られます。
シリーズの前後
本作の直前は「木花咲耶姫 〜炎の産屋〜」編です。燃える産屋で生まれた三柱の御子のうち、火照命が海幸彦、火遠理命が山幸彦として本作に登場します。兄弟の母がなぜ炎の中で出産したのかは、前編を見るとわかります。続きは「ヤマトタケル 〜草薙剣を継ぐ英雄〜」編で、渚に残された御子の子である神武天皇の時代を越え、人の帝の皇子が英雄となる物語へ移ります。シリーズはこの作品で最終話です。また本作で語られる見るなの禁の原型は「イザナギ黄泉下り 〜闇を照らす、ひとつの火〜」編にあり、あわせて見ると二つの夜のつながりが見えてきます。
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