デザインストーリー
表と裏で出会う、風と雷の物語
ライターを手に取るたび、ふと指先が止まる瞬間がある。表に立つのは風神。肩に大きな風袋を担ぎ、緑とティールの風がうねりとなって全身を包む。そして本体をくるりと返すと、そこには雷神が待っている。太鼓の輪を背負い、金色の稲妻を従えた姿。火を入れる前のわずかな所作のなかで、二柱の神が静かに向き合うのだ。普段は意識しない「裏返す」という動作が、このデザインでは物語をめくる仕草に変わる。
一対であることの意味
風神雷神は、古くから対で描かれてきた。屏風の右と左、寺院の門の両脇。離れていても視線で結ばれ、片方だけでは物語が完成しない。この構図を一台のライターの表裏に移したとき、思いがけない面白さが生まれる。普段は別々の面に隠れている二神が、持ち主の手の動きによって交互に姿を現すのだ。表を見せる人、裏を知る人。その往復を味わえるのは、所有する人だけのささやかな愉しみである。誰かに見せたとき「裏もあるの?」と驚かれる、その瞬間まで含めてデザインだと考えている。
神話が宿す力
風と雷は、自然のなかでもとりわけ畏れられてきた力だ。実りをもたらす恵みであると同時に、ひとたび荒ぶれば災いにもなる。だからこそ人々は二神を敬い、守り神として祀ってきた。荒々しさと頼もしさをあわせ持つその性格は、現代を生きる私たちの背中も静かに押してくれる。手のひらに守護神を携えるという感覚は、思いのほか心強いものだ。
浮世絵とモダンのあいだ
絵柄は、浮世絵の力強い輪郭線に現代的な墨彩のにじみを重ねた。藍を基調にした地に、わずかな金の粒子を散らすことで、金属の鈍い光と相性のよい奥行きが出る。風神の緑、雷神の金。色を明確に振り分けることで、表裏を並べたときの対比がいっそう際立つ。古典のモチーフでありながら、どこか今の空気をまとった佇まいを目指した。和の意匠は重くなりがちだが、配色とタッチ次第で軽やかにも見せられる。
手仕事が宿す質感
金属の筐体に絵を落とし込む工程では、線の太りや色の沈みを一台ずつ見ながら微調整していく。画面の中で完璧だった図像が、立体の表面に乗った瞬間に表情を変えるからだ。職人はその差を埋めるために、何度も試し刷りを重ねる。光の当たる角度ひとつで、神々の表情は険しくも穏やかにも見える。その揺らぎこそが、量産品にはない味わいになる。
贈り物としての佇まい
力強い守護神のモチーフは、節目の贈り物にも向く。新しい門出を迎える人へ、あるいは長く頑張ってきた自分自身へ。風と雷という荒々しくも頼もしい二神が、手のひらの上で静かに守りについてくれる。### 火を入れる所作という間
ライターを開け、火を点ける。その一連の動作には、わずかに呼吸を整えるような間がある。慌ただしい日々のなかで、ほんの数秒だけ立ち止まるこの瞬間に、表の風神と裏の雷神が交互に目に入る。道具が所作を生み、所作が小さな余白を生む。実用品でありながら、心を静めるきっかけにもなる——それが、手に取る道具に絵を宿す意味だと思う。火を点けるという原始的な行為だからこそ、守護神の意匠がいっそう似合う。
定番の筐体だからこその安心
土台に選んだのは、流通量が多く修理体制も整った王道の筐体だ。奇をてらった特殊な形ではなく、長く使い続けられる確かなサイズ感。だからこそ、神々の意匠が映える余白も十分に取れる。道具としての信頼性と、絵柄の見映え。その両立を大切にした。手のなかに収まる程よい重みが、守護神のモチーフにふさわしい風格を添えてくれる。世代を超えて愛されてきた形には、それだけの理由がある。
経年が育てる味わい
金属の表面は、使うほどに手の脂や摩擦でわずかに艶を増していく。図像は本体に焼き付いているため、日々の使用で簡単に薄れることはない。むしろ年月を重ねた風神雷神は、新品の頃とは違う深みを帯びる。買った瞬間が完成ではなく、使い込んだ先に本当の表情が現れる。長く連れ添うほどに愛着が増す、そんな相棒になってくれるはずだ。
世界にひとつという価値
この風神雷神は、受注を受けてから一台ずつ仕立てていく。だからこそ、同じ図柄であっても、手に渡る一台は世界にひとつだけの存在になる。大量生産の均質さとは異なり、わずかな個体差や手の温もりがそこに宿る。Zippoライターという普遍的で信頼ある道具を土台にしながら、そこへ唯一無二の物語を重ねていく。既製品では物足りない、自分だけの守り神を傍らに置きたい——そんな思いに応える一台だ。風と雷を従えて、持ち主の日常を静かに守ってくれるだろう。
火を灯すたび、表の風がそよぎ、裏の雷が鳴る。そんな小さな物語を、毎日の所作のなかにそっと忍ばせてみたい。











