日本神話シリーズ
イザナギ黄泉下り 〜闇を照らす、ひとつの火〜
火の神を斬り、最愛の妻イザナミを失ったイザナギは、死者の国・黄泉へ妻を連れ戻しに下ります。「決して姿を見ないで」という約束、櫛の火が照らした変わり果てた姿、黄泉比良坂での永遠の別れ、禊から生まれる三貴子まで。古事記の黄泉下りを約6分のアニメで描く本作を解説します。
ショート版もあります
イザナギ黄泉下り 〜闇を照らす、ひとつの火〜
- ・櫛の歯に灯した火が、妻の声を引き寄せ、見てはいけない姿も暴く
- ・筍に変わる櫛と三つの桃の実で、醜女と雷神の追手を退ける
- ・千引岩を挟んだ夫婦の最後の会話で、人の生死の理が定まる
- ・禊でアマテラス・ツクヨミ・スサノオの三貴子が生まれ、シリーズの起点になる
あらすじ前半:暗い坂の先の、黄泉の御殿
火の御子を斬ってもなお、妻を失った胸の穴はふさがりません。比婆の山に妻を葬ったイザナギは「死者の国へ行けば、まだ間に合うかもしれぬ」と、黄泉へ続く暗い坂を下りていきます。下るほどに光は失せ、湿った冷たい風が頬を撫で、聞こえるのは自分の足音と心臓の音だけ。闇の奥に現れた黄泉の御殿の門に「迎えに来た。一緒に帰ろう」と呼びかけても、返るのは深い沈黙ばかりです。何も見えない闇の中で、彼は左の髪に挿した湯津爪櫛(ゆつつまぐし)の歯を一本折り、火を灯します。「この火は、あの子が遺してくれたぬくもりだ」。灯の向こう、扉の隙間からイザナミの声がしました。彼女はすでに黄泉のかまどの火で炊いたものを口にしていましたが、それでも連れ帰ると言う夫に、黄泉の神に掛け合ってくると告げ、ひとつだけ約束を求めます。「その間、決してわたしの姿を覗いてはなりませぬ」。
あらすじ中盤:破られた約束と、黄泉比良坂の追跡
待てど暮らせど扉は開かず、こらえきれなくなったイザナギは櫛の火を掲げて奥を照らしてしまいます。そこにあったのは、朽ちた体に八つの雷神がとぐろを巻いてうごめく、変わり果てた妻の姿でした。「見たな。よくも恥をかかせましたね」。怒ったイザナミは黄泉の醜女(しこめ)たちを放ち、逃げる夫を追わせます。髪の櫛を投げると筍に変わり、醜女がそれをむさぼる間にわずかな距離を稼ぎますが、今度は八つの雷神が軍勢を率いて迫ります。地上との境、黄泉比良坂(よもつひらさか)のふもとに着いたイザナギは、桃の木から三つの実をもいで投げつけ、追手を残らず追い散らしました。「人が苦しむ時も、どうかこうして助けてやってくれ」と桃に願う言葉も描かれます。
あらすじ後半:千引岩の別れと、三貴子の誕生
最後に坂を追ってきたのは妻自身でした。千人がかりの大岩で道を塞いだ夫に、妻は「一日に千人、生者を殺しましょう」と告げ、夫は「ならば一日に千五百の産屋を建てよう」と返します。こうして人は日に千が死に、千五百が生まれる理が定まり、二人は岩越しに「さようなら」と「ありがとう」を交わして永遠に別れました。地上へ帰り着いたイザナギは、黄泉の穢れを落とすため筑紫の日向の川辺で身を清めます。左の目を洗うと太陽の女神・天照大神(アマテラス)が、右の目からは夜を治める月読(ツクヨミ)が、鼻を洗うと荒ぶる神・須佐之男(スサノオ)が生まれました。太陽と月と嵐、世に名高い三貴子(さんきし)の誕生です。「お前たちがこの世界を照らし、治めていくのだ」。姉が岩戸に隠れ、弟が大蛇を討つすべての物語は、この黄泉の夜から始まっていたのだと語られます。
登場する神々
・イザナギ(いざなぎ): 国生みの男神。妻を諦めきれず黄泉へ下り、約束を破って永遠の別れを迎える。禊で三貴子の父となる ・イザナミ(いざなみ): 国生みの女神。火の神を産んで命を落とし、黄泉の食べ物を口にしたため戻れぬ身となっている ・黄泉の醜女(よもつしこめ): イザナミが放つ追手。筍に気を取られて足を止める ・八つの雷神: 朽ちたイザナミの体に宿る雷の神々。軍勢を率いて坂まで追う ・アマテラス・ツクヨミ・スサノオ: 禊でイザナギの左目、右目、鼻から生まれた三貴子。以後のシリーズの主役たち
見どころ:闇を照らす、ひとつの火
本作は日本神話を2Dアニメで描くシリーズの一編で、約6分と短めながら、闇の使い方が印象に残る構成です。坂を下る場面から御殿の前まで画面はほとんど漆黒で、櫛の歯から灯る小さな炎だけが頼り。その火が妻の声を引き寄せ、同じ火が見てはいけない姿を暴くという二面性が物語の芯になっています。もうひとつの軸は、前作で斬られた火の神とのつながりです。イザナギが灯す火を「あの子が遺したぬくもり」と呼び、結末でも「あの子の遺した火があなたを闇から連れ帰った」と語られる。父が斬った我が子の火が父を救うという読み替えは、この動画ならではの解釈です。千引岩を挟んだ夫婦の最後の会話は、呪いの言葉と別れの言葉が同じ場面に重なる、短いながら重い山場です。
神話の背景:黄泉比良坂と禊の地
古事記では、黄泉比良坂は出雲の国の伊賦夜坂(いふやざか)だと記されており、島根県松江市東出雲町に黄泉比良坂の伝承地があります。イザナミが葬られたと伝わる場所のひとつが三重県熊野市の花窟神社で、巨岩を御神体としています。追手を退けた桃の実は、古事記でオオカムヅミノミコトという神名を授かり、桃が魔除けとされる由来のひとつとして語られます。坂を塞いだ千引岩も道反之大神(ちがえしのおおかみ)と呼ばれる神になりました。禊の舞台である筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原は、宮崎市の江田神社周辺がゆかりの地とされ、神社で唱えられる祓詞(はらえことば)にもこの地名が登場します。
シリーズの前後
ひとつ前の物語は「火の神カグツチ 〜世界をつくった炎〜」編です。国生みと神生み、火の神の誕生でイザナミが命を落とし、イザナギが我が子を斬るまでが描かれ、本作の冒頭に直接つながります。続きは「スサノオの誓約 〜姉と弟の、賭け〜」編。禊で生まれた三貴子のうち、海原を任されたスサノオが母を恋しがって泣き続け、姉アマテラスに疑われて誓約(うけい)を交わす物語です。三部作として続けて見ると、火の神の誕生から姉弟の対立まで、ひと続きの流れがつかめます。
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